« October 2010 | Main | December 2010 »

2010.11.22

定点観測列車がゆく

自分ながらの、自分の状態をみる定点観測の軸を、皆がもっているとおもう。

私のそのうちのひとつは"「若草物語」を読む"ということだ。
云わずとしれたオルコットの少女小説である。
一年か、二年ぐらいのスパンで、ふとした時に読みかえす。
この空気、シチュエーション、登場人物の誰に共感するか、パイと死と愛、少女の頃夢中で見つめた物語、世界の切れ端を見返してみる。

似たようなかんじで、田辺聖子の「むかし・あけぼの」も読み返すことがあるが、読み返す歴史の長さから行くと、やはり「若草物語」にまさるものはない。
どちらにも共通するのは、女の人生の物語であるということ。
この間電車の中で久しぶりに定点観測しようかと思ったけど「武道的思考」がおもしろすぎて、帰りに「身体知」買ってまた読んじゃったから未遂に終わっている。
今年中に、もう一度読もう。

内田樹著「武道的思考」筑摩選書の中の一節。
"「同じルーティンの繰り返し」をしていると、わずかな兆候の変化から、異常事態に気付くことができる。"
確かに。スパンは長いけど、自分に異常がないかの確認作業になっているというか。

---

この間弥生美術館に「水森亜土展」観に行って、懐かしモノや懐メロ聴いたり、見たりするのがなんでこんなに気持ちいいのか考えていた。
やっぱり、差異やズレ、昔それに触れていた時の自分の感じ方、考え方との違和感が気持ちいいんだよね。
それは何らかの積み上げがないとできないことで、やっぱり年寄りじみたタノシミなのだろう。

でも、赤ちゃんのような気持ちで、あたらしいものに触れる気持ちも大切にしたい。
痛かったりかゆかったりするかもしれないけれど、それに耐えられるうちは手を伸ばすのを忘れないようにしよう。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2010.11.03

継承、その他

お盆に帰省できなかったので、シゴトが少々谷になる10月、名古屋へ帰省。
ともだちと呑み、親きょうだいと焼肉し、くだをまく。

「今のコは世間にもまれてなさすぎ!もう信じられない!
お客様のものを壊して”たいしたものじゃないから気にしなくていいよ” ”ずっと使っている古いものだから”と言われたら、 ほんとに気にせず、何もフォローせず帰ってくるんだから!!
たてまえをそのまま受け取っちゃうんだから。
報告があるだけでいいほう。」
などと、お局チックにくだをまいていたら、兄は「そりゃそうだよ。」と云う。

-だって、教えられていないから。
教える、という文化も擦り切れかけているから。
もし古株が技術を持っていても、それが新人に覚えられて、技術がついて、新人でもやれるようになったら古株のいる場所がなくなるでしょう。
そのポジションが、教えることによって代替される可能性が高まるなら、誰が教えたりするの。
うちも、人がすくなくなってから皆そんな感じだよ。

さすが、町工場の社長である兄の苦労はハンパないとみた。
シゴトが少ないとシゴトにつく人も少なくなり、シゴトを奪い合うとそんな弊害もあるんだなあ。
やっぱり国力は人口と比例するんだろうなあ....だからC国にも押されぎみ?と酔った頭で考える。

もともとの愚痴の「たてまえと本音の見分け方」なんかは、教育なんかされなくても基本的に身につけていそうなものだけど、結局は、経験値が少ない、氷河期でガチンコの社会経験が少ない、私たち世代に比べたとしても圧倒的にいろんなものにもまれていないのでは、という話になった。

-じゃあ、技術、技術といわないまでもやり方・ノウハウは古株から継承しないの?
-きっと墓まで持っていくんだよ と父。

私は、教えると自分の居場所がなくなるなんて考えたこともなかったな。
甘いのかもしれないけど。
下に教えないと自分が、シゴトがまわらなかった。

とすると、もしスキルを継承する環境を作りたいと思ったときに必要なのは・・・「豊富な仕事量」?「ここでなくてもどこでもやっていける社会環境」?「ここでなくてもどこでもやっていける根性」?
いずれにしても、いまの日本には少なくなっているみたい。

---

友人との呑みでは、「今年の夏はハンパなかった。暑すぎだった。ホルモンバランスも崩れた。ウツ入った。」とあるある話で盛り上がる。
私だけじゃなかったよ・・・気候のせいもおおいにあるあるよ・・・
同世代にも、同世代じゃない人にも、同じ地球でなんとか知恵やりとりしあってがんばろ、とエールを送ります。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« October 2010 | Main | December 2010 »