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2008.09.02

車窓その弐(オタクはすでに)

帰省の道すがら読んでいた本、「仕事道楽」のなかに「教養を共有したい」という一節があって、ああ、そういう気持ち昔あったな、、、と懐かしく思い出していた。

「高畑・宮崎の二人との出会いは強烈でした。当然ながら、もっとつきあいたいと思う。そのためには、なんとしても彼らと教養を共有したいと思ったのです。話ができないのでは悔しいですから。」(「仕事道楽」鈴木敏夫著 岩波新書より引用)

そうなんだよ、なあ~!
わからないことがいっぱいあって、
わからない自分が恥ずかしくて、
でもあの尊敬する人たちと話をしたいなあ~!ってあの青い気持ち。
同じ土俵に立ててないなあ感。非常に懐かしいです。

今だと、、、わからないことがあっても、こう、「ああ、私のフィールドはこの土俵じゃなくて、あっちの泥んこレスリングの会場なんですよ、でも泥んこレスリングにもこういう部分があるから、あなたの土俵のハナシもここはわかる」みたいな理解になりがちじゃありませんか?というか私はそんな感じになりがちです。

ああ、、、すれちゃったのかなあ。

でも最近の子って(きゃ)最初からあきらめているというか、部分だけ知っていればいいというか、そう、岡田斗司夫氏が「オタクはすでに死んでいる」で言っていたように、「努力が消えた」「部分だけに深い」という事象なのかな?
いわば最初から「泥んこレスリングだけ知ってればいいや、それだけに深い」人がほんとうに多い。

まあ別にいいんだけどね。でも行きすぎちゃって私たちが共通知や社会通念だと思っていたことまでワカモノ(きゃ)が辿り着かないとなると、ハナシもできないし、相互理解なんて夢のまた夢になりそうだよなあ、とつくづく思うのです。
それはたぶん、私たちが今いる土俵や泥んこレスリングなどのさまざまな会場が、ワカモノたちの興味を引く場ではないこととも深く関係しているんでしょうね。

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この間の明け方の豪雨&雷雨はめちゃめちゃ怖かった。
天地創造ってこんな感じかなと思ったよ。
アミノ酸飲料を庭に置いておいたら雷が落ちて原始生物が発生しそうだった。

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