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2006.06.11

事に仕える(その1かも)

さいきんはシゴトについて思い悩むことは少なくなってきた。
昔みたいに、何かスキなことをシゴトにしたい、ともんもんと思うことも少ない。
でもやっぱり思う。
こういう形で働くことに意味があるのか?
このテンションで働き続けられるか?って。

車をぶっとばしてふらふらと帰ってくると、有機野菜の宅配が届いていて、泥つきの大根とか葉っぱつきで届いていたりすると、
「あ~葉っぱ、軽く胡麻油で炒めて、ご飯にまぜて、味噌汁と、、、」
と呟きつつ、箱から出したところで、土つきの大根の重さに
ばったりと倒れたりするわけです。

・・・まあ、やりすぎてるから疲れているんだろうけど。
経済的に自立していたい、自分の食いぶちは自分で稼ぎたい、
というのはもちろんあって、それに縛られているきらいもある。
オンナで、イナカで、この年で、という働き方はとても難しい。
めちゃめちゃ働くか、ちょっと働くか、ぜんぜん働かないか。
三択。わかってはいたけど。

転職や結婚当初。
シゴトをしなかった時期がいくつかある。
自分ではそれが楽しめると思っていた。

でも、だめだった。
事件とか報道とか見ていると「無職で、、、」とかいう言説があって、
やっぱり社会的な定位置がないと、みたいな物言いはなんか嫌だし、
資本主義社会で稼げる位置があることだけが、そんなに偉いか?って
かなりむかついていた自分なのに。
自分がその位置だと、だめなのだ。
「この資本主義社会で、稼げる位置にないのが辛い。」
になるのだ。

何なんだろうね。この感じは。
あと、稼ぐとか稼がないとか、役に立つとかたたないとか。
こういうポジショニングのとり方でしか人を見られない、
存在を判断しない、そんな社会ってどんなもんだろう。

うーん、わからない。

そして、人間がある「事に仕える」ということは、こんなことで
いいのかとも思うのですよ。
いっそ高群逸枝氏にでも笑い飛ばしてもらいたいような思い、なんだけれど。

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