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2006.06.11

達彦派、冬吾派

両方とも捨てがたい、、、はい、「純情きらり」ですが。
達彦はあの凉やかな顔で思い悩む姿、
冬吾はヒトの話をじっと聞いて、津軽弁で語るコトバに、かなりくるものがあります。
(萌え・・・?)

今週良かったのは、やっぱ冬吾が、洗濯している笛姉ちゃんの後姿から、インスピレーションを得てヌードを描いていた所ですかね。
まさに、芸術家はこう在らねば!って感じだよ。

いや、でも、、、目線って嬉しいもんだよね。それはきっとどんな堅いヒト(笛姉ちゃん)でも一緒です。

私は、冬吾派だけれども、ゲンジツの世界では、達彦的なものを
選択している、ような気がする。正直、どっちも惹かれるね。
「イカロスの山」でいうと平岡さん派。

私の思う達彦的、三上的って、夢を持ちつつ、世俗のしがらみを
捨てきれないようなかんじのヒト。
対して冬吾的、平岡的ってのは、、、なにもかも捨てて行ってしまうタイプです。

まあ、ゲンジツではひとりのヒトに複合的な要素が
からんでたりするし、時の流れで変わったりするし、
何より自分の気持ちもころころ変わるしね。
タイプ分けってあんまり意味ないけど。

また新しい登場人物が出たらスキが変わるかもしんない。

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Comments

今日知ったけど、冬吾は太宰がモデルらしい。
・・・妙に納得。そういえば津島佑子だもんね。

Posted by: minanao | 2006.06.13 at 09:13 PM

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